永田耕衣という人がいた。

その昔、永田耕衣(1900-1997)(顔写真等)というおじいちゃんが神戸にいた。
社会的には三菱製紙高砂工場の部長という
ごくありがちな肩書きではあるのだけれど
最晩年においてもなお、「人間、革命心がないとあかんね」と
どこかのインタビューで応えていたのを見るように
根源俳句と呼ばれる、野太くて、でも禅の体験に裏付けられた奥の深い作品を
たくさん残した典型的な大器晩成型で孤高の俳諧師でした。
1995年の阪神淡路大震災の瞬間は
家の中で最も被害を受けにくいとされる
自宅の便所でいきんでいたおかげで
助かったという強運のおじいちゃんでした。
ウィキにも載っていないことだし
この伝説の俳諧師の作品を
いくつか紹介しておきましょう。

例えば、

炎天や十一歩中放屁七つ

第一義脱糞迫る観の秋

老松も女体級なり秋の風

生は死の痕跡吹くは春の風

物質人物質人ト花見カナ


舞踏神、大野一雄翁狼頌より三句

生還の生還の舞踏神真春(まはる)

空(くう)を抱き空に抱くなり指舞踏

指*空を脱去(だっこ)し纏(ま)くよエロチシズム




こんなチャーミングなものも。

恋猫の恋する猫で押し通す
 
白牡丹やな俺(わい)死んだんと違うんやな
 


しかし、耕衣と言えば、この句。


少年や六十年後の春の如し 


最後にその真髄を。

「只ひとつ思う事は、俳句精神の要処は諧謔である。諧謔の極致は卑属高邁な「茶化し」の品位にあろう、ということだ。その真意は、「茶化し」の秀れた機能を、「自他を空ずる」境に私自身置いているところにある。その一句によって、自他が一瞬でもいい、空じられて虚空的に解消し、いわば無心の法悦、その快感に恵まれて「救済」されること。この一事を、私は「今日ばかり」の生最高のユメとしているのである。」 (『永田耕衣句集集成 而今』、1985年、沖積社、431頁。)

耕衣の晩年については
城山三郎、『部長の大晩年』という伝記小説があります。

専修室には以下の4冊があります。
『永田耕衣句集集成 而今』、1985年、沖積社。
『句集 狂機』、沖積社、1993年。
『永田耕衣 自選三百句』、春陽堂、1993年。
『驢鳴集』、邑書林、1997年。

とりわけ
『而今』は詳細な経歴や出版の経緯、
補遺には、大岡信、高柳重信、塚本邦雄、種村季弘等々の重鎮の文章が掲載されているという充実振りです。
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by waseda-bungei | 2008-07-25 15:13 |